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【SHISEIDO THE STORE ウィンドウギャラリー】新緑の季節に親しむ土への思い

芽吹きから新緑のきらめく初夏へ。そして梅雨へ。さまざまな植物たちが刻々と成長していくこの季節に、アートディレクターのミヤケマイさんは陰陽五行の「土」をテーマにウィンドウギャラリーのアートディレクションに臨みました。生命を育む土の表現に、ミヤケさんはどのような思いを込めたのでしょうか?

野に出かけ、土に触れたくなる季節を感じて

古来、中国の古代哲学に基づく陰陽五行にならい、春夏秋冬それぞれ次の季節に移り変わる時期を「土用」としてきました。ちょうど春の土用が始まるころにスタートしたウィンドウギャラリーのテーマは「土」。ミヤケさんは、都会で生活する人々にとって身近な存在である土を表現したいと考えたそうです。「自分の住んでいる土地や見慣れた土地という意味と同時に、日常生活の中で土に触れるシーンを思い浮かべました。ピクニックをしたりガーデニングで土をいじりたくなったりするのもちょうどこの頃から。私自身、一種のストレスリリースのように芽吹いた山椒を摘んだり、ハーブの苗を移植したり、種まきをしたり、と都会のマンションのバルコニーですが、日々の庭仕事に癒されます」とミヤケさん。女性がクレイパックで身体のデトックスをして肌の肌理を整えるように、土や泥に触れたくなる感覚は、都市に住む私たちが心のデトックスを求めるようなものかもしれません。

右:内田鋼一さんによる陶器のオブジェの鳥が舞う中央通り右のウィンドウ。背景に映る影が美しい。写真/繁田諭(以下同)
左:二見泉さんの作品「町の中」。スコップやホースを置いた地面と作品が連続した世界をつくる。

陶芸家と現代美術家とつくる、親密な土の空間

草木が青々と育つ季節感と身体性を伴った土への感覚を表現するために、ミヤケさんは陶芸家の内田鋼一さんと、現代美術家の二見泉さんにウィンドウギャラリーの作品制作を依頼しました。中央通りと花椿通りに面した4つのウィンドウそれぞれに、内田さんによる陶器の鳥のオブジェと器、そして二見さんによる刺繍の大作2点をレイアウトしました。
ウィンドウの中はすべて土を模した地面が作られています。群れをなして飛ぶ鳥を眺めながらピクニックを楽しんだり、シャベルやホースでガーデニングに精を出した気配が町の一角にあったり。路地裏では子どもの遊んだ三輪車のそばで鳥が砂浴びをしていたり。記憶の奥に仕舞われたノスタルジックな風景を、煙るようなペパーミントグリーンの背景に立ち上らせたミヤケさん。初夏から梅雨へと向かうさわやかな季節感とともに、女性の心象風景を色彩でも巧みに汲みとっています。

右:土の上のピクニックシーン。アフタヌーンティーセットを置いたマットは、アフリカのクバ族のココヤシで織った布。世界中の窯場で焼き物をつくってきた内田さんの土との来歴を連想させるミヤケさんの配慮。
左:砂浴びする鳥とプレートを載せ、浮遊する手押し車が空想の世界へと誘う。
刺繍という工芸的な技法によって、何気ない路地裏の風景が暖かみのあるものに。

季節を感じながら選ぶ釉薬と土

内田鋼一さんは、静岡・掛川市の資生堂アートハウスで2015年から昨年まで開催されてきた「工藝を我らに」というグループ展に参加するなど、ミヤケさん同様、資生堂のアート活動とブランドへの理解を深める機会を重ねてきました。今回の展示では、女性らしい美しさや可愛らしさに古典のモチーフやテーマを織り込む、ミヤケさんらしいディレクションに共感したといいます。アノニマスで可愛らしい鳥や器も、春から初夏にかけて使いたい器に通じる軽やかさと、土ならではの質感を同時に目指したそうです。
「土そのものには季節感はないものの、一年を通して常に同じような土や釉薬で焼くわけではありません。個展のために毎回直前まで制作をしているので、インスタレーション的な意味も込めて、夏なら夏らしく、冬なら冬らしく、季節ごとに使いたい土や釉薬を選んでいます。器の制作は私的な行為でもあるのです」という内田さん。今回制作した鳥のオブジェは、目の粗い陶土の上に異なる土を塗って焼成し、さらに鉄と灰を擦り込んでからもう一度焼成しているそう。滑らかだけど、カサっとした土独特の乾いた質感の背景には、何百何千という世界中の土で制作してきた内田さんならではの経験値と感性が投影されているのです。アフタヌーンティーセットは、ヨーロッパの伝統的な乳白色の釉薬でぽってりと仕上げて、質感に変化をつけました。

右:「雨のあと」部分。昔懐かしい東京の路地に迷い込んだような風景にこめたディテールは見飽きない。
左:花椿通り右側のウィンドウは、二見さんの新作「雨のあと」と、プランターの上で砂浴びをする鳥が。ポットを咥えた一羽にご注目を!
右:三輪車の周囲に浮遊させたバケツには、砂浴びする鳥とポットを載せて。
左:左側のウィンドウに置いた古い三輪車は、土と戯れた幼い日々の記憶を呼び覚ましてくれる。

見慣れた土地の風景から想起する土の存在

今年東京藝術大学大学院を卒業したばかりの現代美術家の二見泉さんは、誰もが心象として持っているような街の風景を刺繍で表現しています。建具の網戸に張られる樹脂製ネットに、毛糸やごく薄い合成繊維のテープなどを刺繍して描き出した何気ない日常は、舞台背景のスクリーンのよう。マンホールや床几の上の盆栽、ブロック塀の穴に引っ掛けたビニール傘など、生き生きとした東京の下町の生活が、ディテールとともにユーモラスにすくい取られています。中央通りと花椿通りのウィンドウで作品を2枚レイヤーし、二見さんにとって身近な町に流れる空気感を作りだしました。「白い背景の前にしか展示してこなかったので、ウィンドウの中でどのように見えるだろうとワクワクしました。バックの色も初夏にぴったりですし、土の床が作品の世界と連続して面白い効果を生み出していると思います」という二見さん。ミヤケさんによって作品の新たな魅力と可能性が引き出されたことを楽しんでいました。
「自分自身が大切にしていることなのですが、季節の日の光や風などリアルな空気感を敏感に受け取って、それを作品に反映させている作家の方々の仕事に共感しますし、モティベーションを掻き立てられます」というミヤケさん。内田さんと二見さん、それぞれ個性も技法も異なるお二人の土や土地に対する感性を、土への親密さとして昇華させたミヤケさんのディレクションに、コンテンポラリーなセンスを感じました。

4階のギャラリーコーナーでは、中央通りに面したウィンドウギャラリーに置かれた内田鋼一さんの鉄のフレームのアフタヌーンティーセットと同じ作品が展示販売されています。錫白釉のプレートの上に置かれた、杉山尚子さんによる鉱物の結晶のようなブローチもぜひ手にとってみてください。

ミヤケマイ MAI, Miyake

アーティスト。日本の伝統的な美術や工芸の繊細さや奥深さに独自のエスプリを加え、過去と現在、未来までをシームレスにつなげながら物事の本質を問う作品を制作。骨董、工芸、現代アート、デザインなど既存のジャンルを超えて活動している。金沢21世紀美術館、大分県立美術館(OPAM)、水戸芸術館、Shanghai Duolun Museum of Modern-Art、POLA美術館、釜山市美術館などで展示。メゾンエルメス、慶応日吉往来舎、イタリア文化会館など企業や大学のコントラクテッドワークを多数手がける。作品集に『膜迷路』(羽鳥書店/2012年)、『蝙蝠』(2017年)など。京都造形芸術大学特任教授。

内田鋼一 KOICHI, Uchida

1969 年愛知県生まれ。愛知県立瀬戸窯業高校陶芸専攻科終了後、東南アジアや欧米、アフリカ、南米などの世界各国の窯場に住み込み修行を重ねた後、92年三重県四日市市に窯場を構え独立。国内外で精力的に発表。2015年11月、三重県四日市市に明治〜昭和時代の萬古焼を集めた「BANKO archive design museum」を開館。主な展覧会に、08年「Melbourne Art Fair」(オーストラリア・メルボルン) 、10年「茶事をめぐって一現代工芸への視点」展(東京国立近代美術館工芸館)、 15年「something new, with feel art 10」(Gallery NAO MASAKI ※旧 gallery feel art zero)、18年「内田 鋼一展 一時代をデザインする」(兵庫陶芸美術館) 。他ギャラリーでの個展など多数開催。

二見泉 IZUMI, Futami

1994年生まれ。2013年東京藝術大学美術学部デザイン科入学。17年同大学大学院美術研究科デザイン専攻空間設計研究室入学。19年同大学大学院美術研究科デザイン専攻空間設計研究室修了。2017年空間設計研究室「さかざきちはるのお仕事展」設計参加。同年長野子ども病院第2病棟空間設計参加。19年修了作品展(東京藝大大学美術館)にてデザインN賞受賞。

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