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【SHISEIDO THE STORE ウィンドウギャラリー】水の風景が呼び起こす夏の記憶

打ち水、行水(ぎょうずい)、金魚鉢。夏の到来を待ち望むように、SHISEIDO THE STOREのウィンドウギャラリーは、「水」をテーマとした展示に衣更えしました。銀座の街を行き交う方々に、一瞬の涼をお届けする水にちなんだ風景を、アートディレクターのミヤケマイさんはさまざまな職人技とともに作り出しました。

旅と日常。ふたつの水の風景を対比させて

記憶と懐かしさ。ミヤケさんがウィンドウギャラリーに抽出した水の風景は、かつて過ごした夏の日々への郷愁を誘います。中央通りのテーマは「海と記憶」。こちらの2つのウィンドウは、アーティスト・宮永愛子さんがメッセージボトルの形状のナフタリンの彫刻の新作を製作しました。旅心をくすぐるような懐かしの「船旅」をキーワードに、旅行鞄、港や浜辺を思わせるガラスのブイ、貝殻、そして石などを配しています。
対して花椿通りのテーマは身近な「生活の中の水」。東京・深川の老舗工房「桶栄」4代目、川又栄風さんに製作してもらった風呂場で使う洗い桶、風呂椅子、そして金魚桶型の作品とともに、レトロな風呂上がり美人を思わせる肉筆画をミヤケさんが手がけました。海水が自然を、淡水は家の中を。2つの水にまつわる記憶の旅を対比させた点がミヤケさんらしい演出です。

左:ガラスケースの中に白く浮かび上がったメッセージボトル。宮永愛子さんによるナフタリンの彫刻作品です。写真/繁田諭(以下同)
右:メッセージボトル、旅行鞄、そして漁具の一種であるガラスの浮き玉などが、ミラー調のタイルの背景に浮かび上がります。

水にのせて思いを届けるボトル

作品をショーウィンドウという場に入れるのは初、という宮永さん。2009年に銀座・資生堂ギャラリーで東京初の個展『地中から放つ島』を開催し、その時のテーマが「銀座の海」だったこともあって、資生堂ウィンドウギャラリーの水の章への参加に縁を感じているそうです。
宮永さんの代表作である真っ白なナフタリンの彫刻は、石膏で型取ったナフタリンの作品をガラスケースの中に密封し、時間経過とともにそのナフタリンがどんどん結晶となっていくもの。彫刻が消えて結晶が成長していく様から、世界と作品の変化のスピードを対比させ、時間を視覚化することを意識しています。
水というテーマに、宮永さんはメッセージボトルの作品を制作しました。「誰に宛てたものか、どこへ届けるのかもわからない未来に宛てて書く手紙。時間や場所を超えて思いが続く世界を描きました」と言います。香川・高松市内で7月から展覧会を開催するため、瀬戸内海を身近にする暮らしを最近送っているという宮永さん。メッセージボトルには、ご自身が作品制作をする女木島で撮影した海の風景などの写真を入れました。

ナフタリンのボトルの中には海の写真が入っています。夏が過ぎゆく中、次第にナフタリンが結晶化し、中から写真が現れる様子を観察してください。

ジャズのセッションのような仕事

宮永さんの作品を飾った中央通りの2つのウィンドウギャラリーに、ミヤケさんは堀口大學が訳したジャン・コクトーの詩から「私の耳は貝のから、海の響をなつかしむ」という一篇を引用しました。よりはっきりと物語の輪郭をウィンドウに立ち上らせたミヤケさんのアイディアは、宮永さんにとって新鮮に映ったそうです。「ホワイトキューブの空間に作品を配置することはあっても、他の人と自分の作品を組み合わせることはもちろん、背景にミラーシートのように個性的な色や質感を持ってきたり、文字をガラスに配したりする経験は初。道ゆく人の注目を集める資生堂ウィンドウギャラリーならではの知恵を感じました。ミヤケさんのディレクションは独特で、例えるならジャズのセッション。作品の展示位置という“演奏パートの指示”だけでなく、“どう思う?”と意見を求められたりして、現場で一緒にメロディーをつくるよう引っ張られる感じに近かった。ミヤケさんは指揮者ではなく演奏者。しかもパーカッションではなくピアノ担当だと思います。ウィンドウギャラリーのストーリーという確かなメロディーを奏でているのです」と振り返りました。アーティストとディレクターの両面性を持ったミヤケさんとの仕事は、やはりアーティストとして活躍する宮永さんにとって新しい和音を発見するようなプロセスだったようです。

左:花椿通りのウィンドウ。ミヤケさんによる肉筆画の美女がタイル貼りのお風呂に浸かっているよう。川又さんの洗い桶の洋白の箍(たが)が涼やか。風呂椅子の上に置かれているのは金魚桶。
右:もう1方のウィンドウには金魚桶を吊るして。桶のガラスには「Water Conform to the shape of the vessel」「Time and tide wait for No WoMan」など、水にちなんだメッセージをサンドブラストしている。

生活道具から夏の記憶を手繰り寄せて

花椿通りは、中央通りのウィンドウギャラリーで表現した海辺の旅から帰ってきて、家のお風呂に入るストーリーで、生活の中の水を表現したミヤケさん。涼やかなパステルブルーを背景に、タイル貼りの什器や、雲母引きの唐紙をタイル状に貼った掛け軸、小倉遊亀や資生堂初期の美人画を彷彿とさせる肉筆画など、ノスタルジックな作品で構成しています。肉筆画のタイトルは『海で遊んだ後のおうちのお風呂』。軸先をタイル貼りの什器に入れて、描かれている女性がお風呂に入っているように演出しました。
江戸時代から続く白木の結桶を製造する川又栄風さんがデザインした風呂桶や水差しのサワラの柾目や洋白の箍がキリッとした表情で、モダンに空間を引き締めています。前章の「土」に続き水の章でも、生活の中で身近に使ってきた道具を展示に取り込むことによって、道ゆく人に記憶の中の夏の風景を想起してほしい、という思いを込めました。
現代アートや伝統工芸を織り交ぜながら、ミヤケさんによってパーソナルな記憶の世界が完成するウィンドウギャラリーは、さまざまな分野の作り手が、新たな演出の可能性と出会う場でもあるでしょう。

4階のアートコーナーでも水をイメージした作品をミヤケさんがセレクトしています。壁面の作品は和田直祐さんによる『A graph』。「透明感のあるブルーが、プールの底や窓越しに見る空や海などに移ろう自然の光を思わせます」とミヤケさんは評します。また井上治香さんによる水滴を集めたようなクォーツや、藤原亜貴子さんによるガラスと茶漉しの職人技を組み合わせた、涼やかなアートジュエリーも展示販売。ぜひ4階のSHISEIDO THE TABLESへも足をお運びください。

左:和田直祐さんの「A graph」(2019) H560×W315×D30 180,000円(税抜)
右上:藤原亜貴子さんのブローチ「Reproduction」 20,000円(税抜)〜
右下:井上治香さんの指輪「volvo Box」 45,000円(税抜)〜
ミヤケマイ MAI, Miyake

美術家。日本の伝統的な美術や工芸の繊細さや奥深さに独自のエスプリを加え、過去と現在、未来までをシームレスにつなげながら物事の本質を問う作品を制作。骨董、工芸、現代アート、デザインなど既存のジャンルを超えて活動している。金沢21世紀美術館、大分県立美術館(OPAM)、水戸芸術館、Shanghai Duolun Museum of Modern-Art、POLA美術館、釜山市美術館などで展示。メゾンエルメス、慶応日吉往来舎、イタリア文化会館など企業や大学のコントラクテッドワークを多数手がける。作品集に『膜迷路』(羽鳥書店/2012年)、『蝙蝠』(2017年)など。京都造形芸術大学特任教授。

宮永愛子 AIKO, Miyanaga

現代美術家。京都府京都市出身。京都造形技術大学美術学部彫刻コース卒業。東京藝術大学美術学部先端芸術表現専攻修了。第22回五島記念文化賞美術新人賞を受賞し、2011年からアメリカを拠点に活動。日用品をナフタリンでかたどったオブジェや、塩を使ったインスタレーションなど、気配の痕跡を用いて時を視覚化する作品で注目を集める。主な展覧会に18年「life」(ミヅマアートギャラリー/東京)、「MOT サテライト2018秋 うごきだす物語」(清澄白河・東京)、「東アジア文化都市2018金沢 変容する家」(日色・金沢)、17年「みちかけの透き間」(大原美術館有隣荘/岡山)、「ニュイ・ブランシュKYOTO2017」(元淳風小学校/京都)、16年「DOMANI・明日展 PLUS」(京都芸術センター/京都)、14年「Strata:Origins」(White Rainbow/ロンドン・英国)など多数。7月17日(水)から9月1日(日)まで高松市美術館で「宮永愛子展 漕法」開催。

川又栄風 Eifu,Kawamata

材木の町である東京・深川の老舗工房「桶栄」当代。高樹齢の国有林材を素材に、伝統工芸品を制作。古典的な意匠はもとより、箍に洋白を用いるなど、現代の生活に合わせた素材選びやデザインの提案も積極的に行っている。

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