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【SHISEIDO THE STORE ウィンドウギャラリー】コロナ禍に現れた、自然と時間が生み出すアート

SHISEIDO THE STOREが現代美術家とともに作る1階ウィンドウギャラリー。緊急事態宣言の解除を受けスタートした崔在銀によるインスタレーションは、自然の持つ生命力を可視化する。

銀座に現れた土の壁

SHISEIDO THE STOREのウィンドウギャラリーで、新たなインスタレーションが始まった。「土」をテーマとするインスタレーションを担当したのは崔在銀だ。生命や時間をテーマに作品制作を行う崔は、ウィンドウを土で塗り固め、天井から植物の種を入れた小瓶を吊るした。「土は、私の作品において欠かせない素材です」と崔は言う。銀座という街中で、崔が土を用いたインスタレーションを行うのはこれが初めてではない。1986年に崔が銀座で初めて個展を開いた際も、土のインスタレーションを発表した。
「銀座は美しいデザインで飾られた洗練された街ですが、乾いています。土の匂いがしません。かつてこの街にはあちこちに柳の木があり、自然を感じられる場所だったと聞きました。土のない場所に土を持ち込むことで、自然を思い出させようと考えたのです」
土壁は、時間とともにその表情を刻々と変えてゆく。それは小瓶に入った種も同様だ。発芽し、日々成長してゆく種の姿は生命の持つエネルギーを可視化する。
「自然を素材として表現する時、私にはコントロールできません。私が行うのはある設定をするだけで、その後は環境に、空間と時間に任せます。それが私の作品制作の流れであり、テーマでもあります」

ウィンドウ内に出現した土のインスタレーション。

コロナ禍と重なったインスタレーション

当初、SHISEIDO THE STOREでの崔の展示は4月に予定されていた。だが、東京に緊急事態宣言が発令されたことによりスケジュールは延期となり、解除後の6月にインスタレーションの設営が行われた。展示プラン自体は新型コロナウイルスの世界的拡大以前に作られたものだが、コロナ禍が何かしらの影響を与えたかについて聞くと、「プロジェクト自体は、コロナ禍とは関係なくそれ以前にできたもの」と述べた上で、言葉を続けた。
「パンデミックは、専門家の間ではある意味で予想されていたことではないでしょうか。人間は自然を破壊しすぎきました。約77億人のうち、どれだけの人が地球を大事にしているのでしょう。結果として、この作品が今、ここにあることは大きな意味があると思います。個人個人が、もっと身近な問題として捉えるきっかけとなる社会的なメッセージになればいい」。

刻々と変化する粘土の壁。

足元に広がる大地への視線

インスタレーションは、土、種と、土の上に置かれた4枚の紙から構成されている。この紙はという崔の作品の一つで、19世紀後半から20世紀にかけてヨーロッパで作られた古い紙に、崔の言葉を綴っている。崔は今回のでは、誰もが知っていることを書いたと言う。
「皆がわかっていることです。特別なことでなく、忘れていたことをもう一度思い出させる。このインスタレーションは、土について考えさせ、想像させ、そして未来へと意識を向ける場なのです」。

土を思えば
生命を考える
生命を思えば
母を考える
自からそうであるように
土は土である

そして、<Paper Poem>が床面に敷き詰められた土の上に置かれていることにも意味がある。紙に書かれた言葉を読むために、私たちは、土を、地面を見る。
「私たちは頭の上に広がる空は意識しているけれど、足が踏み締めている大地のことも忘れてはいけません。大気汚染で傷つく空と同様に大地も痛んでいるのです」。
<Paper Poem>の紙は、時間の経過とともに変色してゆく。どう色が変わるかは、紙の置かれた環境次第で、崔にも予想はつかない。
「紙の色も、土壁のひび割れも、どうなってゆくのか予想できないことが楽しみです。私の作品は完成することはありません。完成は私にとってつまらないことかもしれない」。
崔の手を離れ、生きてゆく作品を崔は「リビング・スカルプチャ」に喩える。

床面に置かれた<Paper Poem>。

今、アートができること

崔は、未来を予想し、メッセージを伝えることがアーティストの役割だと言う。ではコロナ禍において、彼女は何を伝えようとしているのか?
「もう少し、自然あるいは地球について深く考えさせるアプローチが必要だと思います。自然との共存がよく謳われますが、果たして人は共存の方法をわかっていて実行しないのか、あるいはわからないのかどちらなのでしょう?」と語気を強める。
「パンデミックはwake-up call(警鐘)になってほしい。私たちは自分たちの生きる場所をもっと理解しなければなりません。個人個人が自覚することが重要です。次のチャンスはないかもしれない。自然は人間を必要としていません。必要としているのは人間の側であって、だからこそ我々は自然を守る方法を学び、実行すべきなのです」
崔が長年にわたって取り組んでいるプロジェクトに、「Dreaming of Earth Project」がある。これは、北朝鮮と韓国の軍事境界線から南北に2Kmずつ拡がる帯状エリアに設置された非武装地帯(Demilitarized Zone 以下DMZ)の未来像を描くもので、昨年には原美術館でこのプロジェクトに関する展覧会「The Nature Rules自然国家」も開催された。DMZは1953年の朝鮮戦争休戦協定以来、約70年に亘って原則として人の立ち入りが禁止され、結果として100種を超える絶滅危惧種を含めた5,000種以上の生物が生育するエリアともなっている。崔は建築家やアーティストとともに、この地に人間と自然の共生する場を作るプランを描き、その一つには1975年に発見された北から南につながる長さ3.5kmの第二トンネルを利用し、DMZに生息する植物の種子を生命のために保存するシードバンク「DMZ Vault of Life and Knowledge」がある。「シードバンクは人類の未来にとって最も必要なものの一つ。農業の重要性はこれからますます増してゆきます。私たちは農耕民族に戻るかもしれない」と、崔は先を見据える。
「私だけでなく、世界中の人々が新しい方策を考えなければなりません。過去に戻ることはできないのです。アーティストとして、良いメッセージを世の中に発信し、動かすことを目指さなければならない。今こそ、アートが重要なのです」。
崔の眼差しは、ポスト・コロナの世界へと向けられている。

発芽し、日々成長してゆく種。

PHOTO:Nacasa & Partners Inc.
インタビュアー:石田潤

崔在銀(Jae-Eun Choi)

1953年ソウル生まれ。76年より東京に在住し、草月流で華道を学ぶ。80年代から生命や時間をテーマに作品を発表しはじめる。91年サンパウロ・ビエンナーレ、95年には日本代表の1人として第46回ヴェネチア ビエンナーレに参加、2016年に第15回ヴェネチア建築ビエンナーレに出品するなど国際展への参加多数。主な個展として、「ルーシーと彼女の時間」ロダンギャラリー(ソウル 2007年)、「アショカの森」原美術館(東京 2010年)、プラハ国立ギャラリー(2014年)、「The Nature Rules: 自然国家」原美術館(東京 2019年) 現在、韓国のDMZ(Demilitarized Zone:非武装地帯)において「Dreaming of Earth(夢の庭園)」プロジェクトが進行中。

PHOTO:Kazumi Kurigami

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